小学生の頃の私は、部屋に居る事なんてありえない、外で遊ぶのが大好きな、普通の子供でした。普通と自分で書かないと誰も言ってくれないか?
キャハハ(o_ _)彡☆ バンバン!
当時は、家の回りは田んぼや畑、空き地ばかりで、子供にとって格好の遊び場所の宝庫で秘密基地を作ったりして遊んだ記憶があります。
小学1年の時から結構悪かったそうです。悪友で、柳原(やなぎ)くん、本村くん、米良くん、原口(がいこつ)くん、大江くんなんかと良く遊んでましたね。
やなぎは、当時から喧嘩が強く、一度彼と喧嘩した記憶があり、それで友達になっていろいろ虫を取ったり、よく八坂神社で7色に光る玉虫を捕まえてましたね。
八坂神社の横には、田んぼがあって、こえだめもあった記憶があります。
初恋も、小学2年の時でしたね。
悪友の本村君が急に告白するからついてきてくれと、頼まれて、誰かぁと思って彼に聞いたら、俺も好きだった人と聞いて、あーー。先にやられたと思い、彼について行って、その相手、浅野さんに告白しましたが、振られて、自分としては、ほっとしました。
でも俺の初恋は告白せずにその幕は閉じました。☆ヽ(o_ _)oポテッ
名前は、真弓ちゃんと言って、目に特徴のある、大人しく可愛らしい女の子でした。
中学生の時はちょっと太ってたけど、それでも可愛らしかったですね。
どんな女性になってるか、見て見たいものです、きっと変わらず優しい心のままかと勝手に想像してますが・・・・。


やなぎについて、彼とは喧嘩した仲で、その後友達になっていろいろ、彼と悪さをしてた思い出があります。
彼とは、小学1〜2年同じクラスでしたが、その後同じクラスになる事は無かったけど、自分の中で彼の影響がものすごく受けた事は確かです。
正月に手書きの年賀状をもらってその裏には、『お前死ぬなよ』と書いてて親が怒ってたことを覚えてます。
中学までは、やなぎと良く遊んでたけど、高校に行ってからは、街で見かけたら話す程度の付き合いになってて、高校3年の時、たまたま夕方、400のバイクに乗った彼を見かけて一言、二言話かけてどこかへ行ってしまいました、それが彼との最後の会話でした。
彼は、神戸の六甲山でバイクで事故ってそのまま帰らぬ人となりました。
前日彼と会話したみんなは、信じられんと言ってて、葬儀に参列したみんなは、友達の葬式にこんな早く出席するとは思わんかったと口々に言ってた記憶があります。
お前が先に行ってどうするねん。
今ではそんな冗談も言えない、彼との思い出は、心の中にそっとしまって置こう。

友達の葬儀ですが、幼稚園に行ってた時に、同じ日の誕生日に、原口くんと仲恭子さんが居て誕生日の日に幼稚園で写真を写した記憶があります。
その仲恭子さんが、小学3年の時の夏休み、津の海岸で亡くなりました。
幼い俺もなんか知ってる子が死んでしまったんだと言う現実が信じられなかった記憶があります。

本村くんについては、おもろい奴でよく笑わしてもらいましたわ。
彼の家は複雑で、子供が多いのに親が借金をして、子供心になんか本村くん大変やなぁと思ってました。その後、高校の時かなぁ、彼の両親は離婚してどこかへ引っ越して行きました。
それ以来、彼との付き合いはなくなってしまいました。

21歳の時、仕事をやめて一時、バイトをやってた時に本村くんの一番下の妹とバイト先で出会いましたので、兄ちゃん元気か?と聞いたら元気と言う事なので安心した覚えがありますね。

米良くんについて、彼はすごく優しい男でした、小学生の時は悪くなくて私の方が何かと色々問題を起こしてましたが、中学生になってちょっと不良になってしまって、遊ぶ事は無くなったけど、高校3年の時高校野球の大阪大会の順々決勝で柏原高校のライトで出場してるのをテレビで見て、思わず(ノ゜ο゜)ノ オオオオォォォォォォ-っと叫んでました。

大江くんは小学1〜2年同じクラスで、裏の棟の同級生の千浪ちゃんと高校の時付き合ってて、彼はリトルリーグで活躍してたから学校以外ではあまり遊んで無かった記憶がありますが野球が上手くて大商大に進学し、ヤクルトスワローズに入団しました。
一軍に居て選手名艦にも載ってましたが、当時の野村監督のコンバートで飯田選手や、もう人誰やったかな?外野にコンバートされた人が何人か居て、そのとばっちりを受けて一軍の控えで彼の選手生命は終わってしまいました。

原口くんは、当時から真面目な人で、でもおもろかったけど、よく彼の家に遊びに行きました。
彼とは、自由研究で、夜空の観察を2人共同でした覚えがあります。
小学生の時の私は悪かったので、原口くんのお母さんに良く思われなかってたようで、私と遊ばないようにと言われてたそうです。
そんなに俺、小学生の時悪かったかなぁ?
うーん、良く理解らん。_( ̄▽ ̄)ノ彡☆ばんばん!

小学生の頃の思い出